ブラックソーダボトルズ
#1『イブリース』
作者:ススキドミノ


あらすじ:某大陸・南西部沿岸都市『アステマ』
眩いばかりのネオンと、深い闇が同居するその都市について、とある噂があった。
  「伝説の財宝が、アステマに眠っている」――アステマの伝説『ブラックソーダ』を巡って、血塗れの街アステマは狂乱の夜を迎える。
欲望と思惑が絡み合う、クライム・ストーリー。



ハリソン・スティーブンス:28歳。男性。アステマを訪れた実業家。

レベッカ・ブルックス:25歳。女性。アステマ情報屋。

ロメオ・レオーニ:51歳。男性。アステマの沿岸を支配する”レオーニファミリー”の首領。

ルカ・フランコ:31歳。男性。アステマの沿岸を支配する”レオーニファミリー”の幹部。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)






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 <大陸南西部沿岸都市アステマ・大通りのカフェ>
 <レベッカの座る席の隣にハリソンが座る>

ハリソン:……いやぁ、暑いね。

 <レベッカは携帯を見る手を止め、顔を上げる>

レベッカ:……そうですね。今日は特に。

ハリソン:僕は北部の出身のせいか、この暑さは慣れないよ。

レベッカ:北部から……。アステマは初めて?

ハリソン:ああ。数日前に着いたばかりさ。
     雨が多いと聞いてきたんだけど――

レベッカ:ええ。ここ数日は雨もなくて。

ハリソン:珍しいのかい?

レベッカ:雨が多いとは言っても、いつも雨というわけでもないですね。

ハリソン:それもそうか。イメージに振り回されてしまっていたみたいだな。

レベッカ:貴方は――ええと……。

ハリソン:いや、失礼……僕の名前はハリソンと言います。

レベッカ:レベッカです。
     それで……あー……ミスターハリソン。アステマにはビジネスで?

ハリソン:ええ。実業家をしているもので。

レベッカ:なるほど。

ハリソン:美味しい海産物にワイン。オーシャンビューのホテルには西海岸最大のカジノが入っている。
     一度街に飛び出せば、眠ることのない歓楽街が広がっている――
     ……アステマはビジネスで来るところじゃないと聞いていたけど、本当にその通りみたいだ。
     今すぐにでもスーツを売り払って、のんびり街を歩きたいものだよ。

レベッカ:ふふふ、まるでナレーションみたい。
     それ……観光ガイドに載っていたんですか?

ハリソン:詳しい知人が教えてくれたんだ。
     だけど、昼間はこう……とても穏やかというか。
     それもイメージとは違ったところだね。だけど、僕はこういう雰囲気の方が好みだ。

レベッカ:歓楽都市なんて大体はそんなものでしょう。
     昼間はどこも変わらない、のんびりとしたものですよ。

ハリソン:そうだね。海を望む街並みも、想像よりもずっと美しい。
     ……レベッカはずっとアステマに住んでいるのかい?

レベッカ:あら……街ではなくて私に興味があるんですか?

ハリソン:興味がなければ話しかけないさ。

レベッカ:積極的なんですね。ミスターハリソン。
     ……でも私、男性の外面だけで判断したりはしないんです。

ハリソン:と、いうと?

 <レベッカはサングラスを外して胸元に掛ける>

レベッカ:大切なのは中身なんですよ。ミスターハリソン。
     貴方がどれだけ外面的に魅力的でも、私は燃えたりしない。
     だから、私が知りたいのなら……中身の話をしてください。
     例えば――貴方がこの街に来た本当の目的、とかね。

 <ハリソンも少し笑ってサングラスを外すと、スーツの内側に仕舞う>

ハリソン:これはこれは……本当に偶然だったんだけど、当たりを引いてしまったかな。

レベッカ:当たりかどうかは、これからの話次第でしょうけど。

ハリソン:僕は運がいいんだ。だからこれはマジにラッキーな出会いだよ。
     ……君は、この街に詳しいようだ。前時代的な呼び方をするなら――『情報屋』で間違いないかい。

レベッカ:呼び方はご自由に。
     ただ、貴方のことを知っている程度には事情通かもしれません。

ハリソン:僕のことを?

レベッカ:街に訪れるビジネスマンのことは、知りたくなるものでしょう?

 <レベッカはポーチから一枚の写真を取り出す。そこには、空港で荷物を受け取るハリソンが映っている>

ハリソン:……アステマの近郊にはサウスルシーフ空港しかない。そこに目があるのは当然。
     乗客名簿から事前に情報を割り出していたんだね。

レベッカ:貴方は『あの』新進気鋭の実業家……ハリソン・スティーブンスですから、常に誰かに見られている立場にあるのはお分かりかと思いますが。
     なにより……ボディーガードの一人も連れていないなんて、不用心にもほどがありますね。

ハリソン:そうだね、僕は成功している。
     金持ちで、ハンサムで、敵も多い。

レベッカ:そして自信家。

ハリソン:(笑う)いいね。新鮮だよ、そういうジョークは。
     ……僕はこういう人間なんだ。周りには誰も置かない。
     信用するのは自分だけ。そうやって成功してきたんだ。
     それはつまり、自分の身は自分で守れるということを意味している。

 <ハリソンは胸元から拳銃取り出し、レベッカに見せる>

ハリソン:僕は、自信家なのでね。

レベッカ:つまり、わざと自分のことを大げさに宣伝していたと。

ハリソン:君のようなそれっぽい人間が接触してくるのを待っていたんだよ。

レベッカ:……いいでしょう。それで、どんな情報をご希望で?

ハリソン:この写真を売った相手について教えてもらいたい。
     僕がこのアステマに着いたことを知っているのは、いったい誰だ。

 <ハリソンは背もたれに身体を預ける>

レベッカ:なるほど。では――そうですね。
     『それについては何も言えません』

 <ハリソンはじっとレベッカを見つめた後、笑みを浮かべる>

ハリソン:……ありがとう、報酬をお支払いする。

 <ハリソンは鞄から封筒を取り出すと、レベッカの前に置いた>

ハリソン:君は『情報を売った人間はいない』と言わなかった。
     そして、『何も言えない』ということは、君がそれを話すことで、自らの身に危険が及ぶことを示唆している。
     アステマは、いくつかの派閥によってコントロールされている。
     君のような情報屋と繋がりが深く、最も支配力を持っているカルテルというと……アステマ沿岸を支配している歴史あるマフィア――レオーニ・ファミリーで間違いない。
     相手がわかれば動きやすくなる。

 <レベッカは封筒を手に取ると鞄の中に入れる>

レベッカ:……妄想癖のある実業家の独り言に付き合った礼、ということでいただいておきます。

ハリソン:本当に、君はいい女だね。
     ……ああ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど。

レベッカ:何でしょう。

ハリソン:『ブラックソーダ』

 <レベッカは目を細める>

ハリソン:そう呼ばれているものについて、なにか知っているかい。

レベッカ:知りません。

 間

ハリソン:なるほど……そうか。

 <ハリソンは腕を組んでじっとレベッカを見つめる>

ハリソン:数年前から西海岸でよく聞く噂でね。
     曰く、巨万の富と名声を産む伝説の一品。
     曰く、過去に都市を滅ぼした依存性の高いドラッグの製法。
     それは不思議な力を持つ液体で、飲むと永遠の命を得られるなんて話もある。

レベッカ:今が一八〇〇年代なら信じていたかもしれませんね。

ハリソン:ああ、そうだね。だけど、残念ながら僕達は現代社会に生きる人間だ。
     そして、世界の在り方も同じく……だからこそ、この手の噂には興味が湧いてしまう。

 <ハリソンは椅子から立ち上がる>

レベッカ:一つだけご忠告を。ミスターハリソン。

ハリソン:なんだい。

レベッカ:アステマは他の街とは違う。
     一人で歩いていれば、たちまち暗闇に引きずり込まれますよ。

 <ハリソンは軽く手を振ると、その場を後にする>

レベッカ:……写真よりもいい男ね。ミスターハリソン。

 <呟くレベッカの背後から声がかかる>

ルカ:よお、レベッカ。

レベッカ:……ルカ。

ルカ:今日は店には出ないのか?

レベッカ:ええ。新人が入ったの。

ルカ:新人ね。

レベッカ:南部出身の娘よ。ダンスは上手。

ルカ:南部出身。そりゃ、楽しみだ。

レベッカ:あんたは駄目よ。ディーナの件があるから。

ルカ:俺がディーナを壊したからって?
   そりゃ誤解だ。ディーナが言ったんだぜ、もっと激しくって。

 <ルカはレベッカの腰に手をやる>

ルカ:じゃあ今日はお前が相手してくれよ。
   その新人の代わりに。

レベッカ:お断り。

ルカ:つれねえなぁ……それより――

 <ルカはレベッカの耳元に口を近づける>

ルカ:……何か俺に言うことは?

レベッカ:見てたでしょう。

ルカ:聞き方を変えよう。
   ハリソン・スティーブンスは何を言っていた?

レベッカ:……私は、何も言ってないわ。

ルカ:別にんなことは聞いちゃいねえよ。
   お前が何を話すかなんてどうでもいいんだ。
   問題はあのいけすかねえ実業家がお前に何を言ったかだ。

レベッカ:……くだらない口説き文句よ。
     まあ、ハンサムな分、あなたよりは上等だったけど。

ルカ:口の聞き方には気をつけろよ、このアバズレ。
   お前がこの街で生きていけんのは、うちのファミリーのお陰なんだ。

レベッカ:『うちの』ファミリー……ね。
     ルカ。それはつまり、あなたがレオーニを継ぐってことかしら?

ルカ:……なんだと?

レベッカ:そうじゃないのなら、次のドンは息子のピエトロ・レオーニ?

ルカ:それ以上好きに喋ってみろ。
   明日の朝、その生意気な瞳で見るのは、自分の身体だ。
   地面に転がったお前の首を革袋に放り込んで、近所のガキ共にボール代わりに蹴らせてやる。

 <レベッカは微笑みながらルカの頬に触れる>

レベッカ:……褒め言葉のつもりだったのに。
     ルカ。あなたなら、ドンにだって成れる。そう思ってるのよ。
     わかってるでしょ?
     ピエトロはいい人だけど……マフィアには向かない。

ルカ:ドン・ロメオはまだまだ引退しない。
   その頃にはピエトロも甘さが消えてるさ。

レベッカ:……そう。

 間

レベッカ:……ねえ、言い忘れてたわ。

ルカ:……なんだ。

 <レベッカは妖艶な笑みを浮かべる>

レベッカ:『ブラックソーダ』

ルカ:……おい、そいつは――

レベッカ:ハリソンが探しているのは、そういう名前のものらしいわ。

ルカ:……ああ、そうか……。

 <ルカは真剣な表情で腕に彫られた獅子の入れ墨に触れる>

ルカ:……獅子の尾を踏むか。ハリソン・スティーブンス。


 ◆


 <海岸を眼科に眺める崖上の屋敷>
 <ロメオはステーキを口に放り込むと、ワインに口をつける>

ロメオ:……ルカ。

ルカ:はい。

ロメオ:……ワインの味はわかるか。

ルカ:ドンに教えていただきました。

ロメオ:ああ、そうだったな。

ルカ:ええ。

ロメオ:このワインは飲んだか。

ルカ:はい。

ロメオ:そうか。

 <ロメオはワインを飲み干すと、ナプキンで口を拭う>

ロメオ:……もう少し、色を知ると良い。

ルカ:色、ですか。

ロメオ:牛肉であれば赤、豚肉であれば白。
    脂身に合わせた酸味、香り、ブラックベリー……実にいい仕事をしている。

ルカ:シェフにそのようにお伝えすればよろしいでしょうか。

ロメオ:私はお前に言っているんだ、ルカ。
    味がわかれば舌に、匂いを知れば人は鼻に頼る。
    そこで止まれば今度は目が曇る。

ルカ:今日の食事には目が足りないってことですか?

ロメオ:どう思う?
    ……色合いならば、もう少し鮮やかな赤が好ましい。
    新鮮な子羊を捌いた時に流れる、若く赤い血のような色がね。

ルカ:……承知しました。

ロメオ:それで……なんだったかな。

ルカ:ハリソン・スティーブンス。

ロメオ:そうだった。ハリソン・スティーブンス。
    東海岸で名を上げた実業家だ。
    ウィリーロック社の創設メンバー。やり手のセールスマンという印象だった。

ルカ:先月、プラント社の株を買収し、海運流通への参入を進めているようです。

ロメオ:党員との繋がりも多いようだな。
    民主党のジャクソン・グレイ議員とは大学が同じだった。

ルカ:……このタイミングでハリソンがアステマを訪れたということは、彼らの狙いはこのアステマへの影響力を高めることでしょうか。

ロメオ:我が友人、ニール・ブロンソン議員が失脚するようなことがあれば、それも疑わざるを得ないが……。
    まだ、彼らにブロンソンに対抗する術はない。

ルカ:ですが、ジャクソン・グレイは若い世代からの支持率が高い。

ロメオ:それでも、だよ。ルカ。
    人間が血液を入れ替えることができないように、簡単なことではないんだ。
    権力を求める限りは、歴史や伝統との繋がりを決して断つことはできない。
    登りつめるにつれて、人はそれを理解し、その円環に取り込まれていくものだ。
    だが稀に、ハリソンやジャクソン議員のように、突然権力を手に入れる者が現れる。
    カリスマと呼ばれる人種だよ。

 <ロメオは椅子から立ち上がり、窓の外に広がる海をじっと眺める>

ロメオ:カリスマは若い人間を酔わせる。そして無知な彼らを使ってさらなる力を求めようとする。
    若い力とは、無鉄砲で爆発力のある魅力的な動力だ。
    しかし一方では、無秩序かつ一過的な効果しか望めない。
    熱しやすく飽きやすい流行では、本質を脅かすことなどできるはずもない。

ルカ:では、彼らは若い人間を集め、一時的に権力を持っているだけだと。

ロメオ:如何にも。彼らの住んでいるのは、ネバーランドなのだ。
    ピーター・パンは大人になろうというもの許さず、島から追い出し、新しい子供に入れ替える。
    自分の考えを浸透させ、コントロールするのならそれでもいいのだろう。
    しかし、それでは誰の人生も掴むことはできない。
    積み上げられた歴史を否定し、内に籠もるだけでは進歩はない。
    子供で居続ける意味を理解しているのなら、それを正しく証明する相手は『自分と同じ子供』ではない。
    彼らが弁を振るうべき相手は、『否定するべき大人』なのだ。
    故に、若い議員が。若い有権者を相手に改革を訴えるのでは意味がない。
    それがわかっているからこそ、東海岸のコミュニティも彼らを黙認しているのだ。

ルカ:では、ハリソン・スティーブンスについては……。

ロメオ:放っておいて構わない。
    ハリソンのような話題性だけのカリスマは、泳がせておいたほうが利益になる。

ルカ:……ですが……。

ロメオ:……ルカ。言いたいことがあるのなら、はっきりと言うんだ。

 <ルカは意を決したように拳を握りしめる>

ルカ:……ハリソン・スティーブンスの狙いは、アステマでビジネスをすることではないかもしれません。

ロメオ:……と、言うと。

ルカ:『ブラックソーダ』を探していると――そう、情報屋に漏らしたそうです。

 <ロメオはゆっくりと立ち上がると、窓に歩み寄る>

ロメオ:……ルカ。

ルカ:はい。

ロメオ:気が変わったよ。
    ハリソン・スティーブンス氏と話がしたい。
    連れてきてもらえるかな。

ルカ:……ドンの仰せのままに。

 <ルカが部屋を出ていくのを見ると、ロメオは椅子に腰を下ろす>

ロメオ:ブラックソーダ……。

 間

ロメオ:……ああ。懐かしいじゃないか。


 ◆


 <夜のアステマ・レベッカはクラブの隅の路地裏に入る>

ハリソン:……ハーイ。いい夜だね。

レベッカ:奇遇ですね。ミスターハリソン。

ハリソン:僕のラッキーを信じる気になったかい。

レベッカ:ええそうね。また会うことになるとは思わなかったけれど。
     店の裏で待ち伏せしてるなんて、本当のラッキーは自分で引き寄せるタイプなのかしら。

ハリソン:流石は情報屋だ。僕のことをよく分かってる。
     君には驚かされっぱなしさ、レベッカ・ブルックス。

レベッカ:……私、このナイトクラブのダンサーをしているのよ。

ハリソン:僕は君の出待ち客さ。
     だから君が出てくるのをここで待っていたんだ。

レベッカ:では、私のバックに誰がいるのかは分かっている?
     ミスターハリソン。

ハリソン:『薔薇の女王』と呼ばれている、この歓楽街の元締めのことを言っているのかい?
     うん……まあ、いいよ。末端の情報屋を庇うほど彼女は暇じゃないだろう。
     脅しになっていないね。

レベッカ:貴方はこの歓楽街に瞬くネオンの意味をわかっていないわ。

 <レベッカは大通りに目を向ける>

レベッカ:照らす明かりが強ければ強いほど、裏側の闇は深く濃くなる。

ハリソン:詩的だね。

レベッカ:ミスターハリソン。貴方はもう、この闇から逃れることはできない。

ハリソン:望むところさ。

 <ハリソンはレベッカを壁に追い詰めると、彼女の顔の横に手を付く>

ハリソン:それとも……僕が闇を知らないとでも?

レベッカ:……そう。わかったわ。
     私に何が聞きたいの?

ハリソン:ブラックソーダについて、知っていることを話してもらう。

レベッカ:知らないと言ったはずだけれど。

ハリソン:それはあり得ない。

 <ハリソンはレベッカの瞳を覗き込む>

ハリソン:僕は仕事柄、人を見る目には長けている。
     君は瞳の奥に欲望を隠しているね。
     欲しいものはなんだい。

レベッカ:……私の欲しいものは、貴方には用意できない。

ハリソン:できるさ。僕はすべてを持っている。

 <ハリソンは鞄からファイルを取り出す>

ハリソン:今日一日、僕はこの街のことを調べてきた。
     非常にバランスの取れた力関係によってこの街は支配されている。
     だが、完成されているが故に、この街でビジネスをするとしたら、どこに面通しをして、どこに金を使えばいいかはすぐにわかった。
     うん。いいんだ。それは問題じゃないんだよ、レベッカ。

 <ハリソンはレベッカの胸に拳を押し付けると、獰猛な獣のような表情を浮かべる>

ハリソン:僕が欲しいのは……! ブラックソーダなんだ……!
     誰も手に入れたことのない現代の伝説ッ!
     僕はそれが欲しい! すべてを持っている僕だからこそ!
     それを手に入れることは必然なんだよッ!

 <ハリソンはレベッカの髪に触れる>

ハリソン:だから……取引だ。
     それが君のためになる。

 間

レベッカ:……いいわ。取引しましょう。

ハリソン:……やはり、いい女だ。君は。

 <レベッカは髪を耳に掛けながら言う>

レベッカ:もしブラックソーダを見つけたいのなら、ロメオ・レオーニに聞く以外にない。

ハリソン:ドン・レオーニに……?
     彼がブラックソーダについて知っていると?

レベッカ:ええ。それに、彼は貴方に興味を持っている。
     だから、貴方の情報を私に調べさせた。

ハリソン:……つまり、ロメオ・レオーニもブラックソーダを求めている。

レベッカ:ええ。

ハリソン:それを信じるかどうかはおいておいて……。
     彼が僕にブラックソーダの情報を渡すとは思えないな。

レベッカ:だから、彼にとって有益な情報を手土産にすればいい。

 <レベッカは一度目を閉じた後、ハリソンの耳元に口を寄せる>

レベッカ:――これよ。

 <レベッカは一枚のメモ書きをハリソンの手に握らせる>

ハリソン:……これは……。
     ははは……! なるほど、これはスキャンダルだ。

レベッカ:後は貴方の交渉次第。

ハリソン:……ああ。十分だ。僕はハリソン・スティーブンスだからね。

レベッカ:そう願うわ。

ルカ:今夜はよく眠れそうだなぁ。

ハリソン:な――

 <直後、ハリソン後頭部が何者かに殴られる>

ハリソン:ぐ……あ……!

 <ハリソンはその場に崩れ落ちる。ハリソンの側には鉄バットを持ったルカが立っている>

ルカ:……よお。レベッカ。今夜は仕事はないんじゃないのか?
   それとも……外で客を取ってんのか?

レベッカ:……いいえ。

ルカ:お前も屋敷に着いてきてもらうぞ。

レベッカ:わかっているわ。ルカ。

 <レベッカは倒れているハリソンの側に屈み込む>

レベッカ:……さぁ、獅子(レオ)の巣に招かれたわよ。
     証明して見せてみなさい。ミスターハリソン。


 ◆


 <レオーニ邸、ロメオの部屋、気を失ったハリソンを担いだルカが部屋に入る>
 <レベッカはルカの後ろからゆっくりと部屋に入る>

ルカ:ドン。ハリソン氏を連れて参りました。

ロメオ:……ああ。ご苦労だったな、ルカ。

ルカ:いえ。

ロメオ:久しぶりだね。レベッカ。

レベッカ:はい。お久しぶりです。ドン・レオーニ。

ロメオ:君にはルカが随分と良くしてもらっているようだ。
    ありがとう。

レベッカ:もったいないお言葉です。

ロメオ:私はハリソン氏と話があるのでね。
    後でまたゆっくり話をしよう。
    ……ルカ。彼女を客室に案内して、話し相手にでもなってやるといい。

ルカ:はい。失礼致します。

 <ルカはレベッカを伴って部屋を出ていく>

ロメオ:さて……。

 <ロメオは机の上の水瓶を手に取ると、床に倒れたハリソンの頭に水を掛ける>

ハリソン:……あ……う……。

ロメオ:いい加減目を覚ましたらどうだ。ミスターハリソン・スティーブンス。

ハリソン:……う。

 <ハリソンはゆっくりと顔を上げる>

ロメオ:部下の乱暴を謝罪する。

ハリソン:……お前は……。

ロメオ:はじめまして。
    私の名前はロメオ・レオーニ。
    ……少し、話をしようじゃないか。

 <ロメオは椅子に座ったまま、ハリソンを見下ろしていた>


 ◇


 <ハリソン邸、客室>
 <ルカは椅子に座って足を組む>

ルカ:座れよ。レベッカ。

レベッカ:私は廊下でも構わないんだけれど。
     ……アステマの西側が一望できる……。立派な景色ね。

ルカ:ここはうちの屋敷でも立派な方の客室だ。
   本来、お前なんかが入れるような場所じゃねえんだぜ。

レベッカ:じゃあ、ありがたく座らせてもらうわ。

 <レベッカはルカの正面に座る>

ルカ:……お前の相手をするようドンに言われたからなァ。
   少しとお喋りといこうぜ。

レベッカ:嬉しい、とでも言えばいい?
     話題は何かしら。

ルカ:……ドンは『ブラックソーダ』と聞くと雰囲気が変わる。

レベッカ:ああ。ハリソンの探しもの、だったかしら。

ルカ:昔からそうだった。時折現れるんだよ。ブラックソーダとやらを求めてこの街にくるやつが。

 <ルカはゆっくりと部屋を歩く>

ルカ:ブラックソーダとやらが何を意味するのか、そいつが一体何のか俺は知らねえが……重要なのはそこじゃねえ。

レベッカ:気にならないの? ブラックソーダが何なのか。

ルカ:ハッ! 興味ないねえ。俺にとって重要なのは、ドンがどう感じるか。
   そしてそいつが、ファミリーにとって不利益をもたらすのかどうかだ。

レベッカ:(鼻で笑う)……関心するわ。

ルカ:んだと……?

レベッカ:忠誠心。家族愛。貴方はファミリーのためならなんだってする。
     無慈悲な猟犬として、自分の感情や利益なんて考えもしないんだもの。

ルカ:オイ……煽ってるつもりか……?
   残念ながら、そいつは俺にとっては褒め言葉だぜ。
   ……俺にとっては、そのブラックソーダがどんな利益を産もうが関係ねえ。

 <ルカはジャケットの内側から拳銃を取り出す>

ルカ:俺にとって、目に見えないもんはどうでもいいんだ。
   いつだって面倒を起こすのは人間。
   俺が気にしてんのは……いつだってお前のような不確定要素だ。

レベッカ:私がルカの敵になりうるなんて……光栄ね。

ルカ:ああいや……勘違いすんじゃねえよ。
   お前は敵なんかじゃないさ。

 <ルカはレベッカに顔を寄せると耳元で囁く>

ルカ:俺とお前の間には問題なんてない。
   問題は――お前が企んでるってことだ。

レベッカ:私が何を企んでるっていうのかしら。

ルカ:気づかねえとでも思ったか?
   お前があいつに渡したメモの存在によぉ……。

 <ルカはレベッカの前で一枚の紙を揺らす>


 ◇


 <ロメオの部屋・腕を後ろ手に縛られたハリソンは、正面に座るロメオを睨みつける>

ハリソン:……ロメオ……レオーニ。

ロメオ:君は今、最も注目の若手実業家だ。
    君からすれば、私のような老人(ロートル)には興味は無いだろうが……こうしてお越しいただけて光栄だ。

ハリソン:……部下によく言っておくといい。
     次に僕を襲うときは、遺書を書いてからくるようにと。

 <ハリソンはロメオを睨みつける>

ハリソン:ふざけんじゃねえぞ、ドン・ロメオ……! 僕にこんなことをして、ただで済むと思うな!

ロメオ:落ち着き給え。私は今とても……機嫌が悪い。
    そうは見えないかもしれないが、夕食があまり美味しくなかったんだ。

ハリソン:僕は……! 仲良く世間話をするつもりはない……!

ロメオ:いいや。聞くんだ。坊や。

 <ロメオは机に置かれた刀を手にする>

ロメオ:食肉とは、奥深いものだ。
    その動物の生きてきた時間の総てがそこに表れる。
    食べてきたモノ、使ってきた筋肉、受けてきたストレス……。
    それらによって形作られた『生命(いのち)』だ。
    だからこそ、感謝し、敬意を払い、祈りを捧げながら味あわなくてはならない。

 <ロメオは刀を引き抜くとハリソンの首筋に突きつける>

ハリソン:……何だ。結局そういう話か、ドン・ロメオ。
     くくく……なんだよ……! 高尚ぶってはいるが……あんたもただチンピラか。
     その刀で僕を斬り刻んでおしまいってことかよ……! くだらない……!

ロメオ:この刀は日本の友人から譲り受けたものでね。
    ただ、何度も使っているせいでひどいなまくらなんだ。
    つまり、一振りで君を殺すことはできないし、何度も何度も斬りつけることになる。
    殺してくれと頼んでも、私はその言葉に応えることはできないんだ。

ハリソン:ハリソン・スティーブンスを暴力で支配できるとでも?

ロメオ:私が言いたいのはね、ハリソン。
    どんな業物でも、研がなければその真価を発揮できず、何の価値もなくなる。
    先程の話で言えば……肉料理には、正しいワイン選びをしなければ、それは命に対する冒涜たりえるということだ。

 <ロメオはハリソンの顔を覗き込む>

ロメオ:……君がブラックソーダを求めているのは知っている。

ハリソン:……僕も知っているよ。貴方がブラックソーダに随分と詳しいということをね。
     そして貴方自信、ブラックソーダを求めていることも。

ロメオ:それを君に言ったのはレベッカかい。まったく、悪い子猫め。

ハリソン:僕はあなたと取り引きがしたい。

ロメオ:取り引き?

ハリソン:僕を使うんだ。僕は必ずブラックソーダを手に入れる。
     だから手を組もう。

ロメオ:ふむ……君と手を組む、か。

ハリソン:僕はブラックソーダが一体何だったとしても、それを手に入れようとは思わない。

ロメオ:ではなぜ、探すというのかね。

ハリソン:それを初めて見つけるのが僕だというのが重要なんだ。
     僕はブラックソーダがどんな財宝だとしても興味はない。
     見つけ次第、ドン・レオーニ……貴方に渡すと約束する。

ロメオ:……面白い話だが……ハリソン。
    私の言ったことを覚えているかな。
    私は……敬意を示さない子供が大嫌いなんだ……。
    君がブラックソーダの何たるかを知りもしないで、ただくだらない名声の為にそれを追い求めるというのが気に食わない。

 間

ハリソン:なら、攻め方を変えよう。

ロメオ:……何?

ハリソン:僕に対してどう思うかは貴方の自由だが……僕と協力する意義については一考に値するということさ。

 <ハリソンは笑みを浮かべる>

ハリソン:黙っていると言ってるんだよ。

ロメオ:……何を、かな。

ハリソン:あなたの息子――ピエトロ・レオーニのことさ。


 ◇


 <ルカは手に持ったメモに書かれた文字を読み上げる>

ルカ:『ドン・ロメオ・レオーニの息子、ピエトロは、アステマ市長、ミケーレ・グロッソの娘、アナマリアと恋仲にある。
    レオーニファミリーとアステマ市長との間には長年に渡る盟約が存在し、ピエトロがアナマリアを拐(かどわ)かしたのは、その盟約に違反している』
   どういうことだ? オイ……なんなんだよこのメモは。

レベッカ:……ふふふ。

ルカ:何がおかしい? ん?
   何がおかしいってんだ! このクソ女(アマ)ッ!

 <ルカはレベッカの座る椅子を蹴りつける>

レベッカ:ルカ……。貴方は知ってたんじゃないの?

ルカ:ああ!?

レベッカ:ルカ・フランコ。この街で拾われ、孤児(みなしご)の身から、若くしてドン・ロメオの右腕まで登りつめた男。
     ピエトロの幼馴染みであり、数年前まで彼のお目付け役をしてしていたあなたのことを、ピエトロは深く深く信用していた。

ルカ:……それがどうした。

レベッカ:このアステマの平和は、三つの組織の長が結んだ盟約によって保たれている。
     沿岸部を支配するレオーニファミリーのドン『ロメオ・レオーニ』
     歓楽街を支配する『ビアンカ・ディ・フィオーレ』
     そして、表と裏でこの街を統治している市長『ミケーレ・グロッソ』
     三人よって結ばれた盟約によって、彼らが統治を初めてからの数十年に渡って、この街はさしたる諍いもなく繁栄してきた。

 <レベッカは立ち上がると、ルカの頬を手で撫でる>

レベッカ:だけど……ピエトロが破った。
     『互いの家族に手出しをしない』という盟約をね……。

ルカ:……このことをどこで知った。

レベッカ:ピエトロは馬鹿な臆病者よ。そして、あなたのことをとても信頼している。
     だから彼は貴方にどうしたらいいか相談した。アナマリアに手を出してしまったことをね。
     それを聞いたあなたは、その事実を隠すことにした。
     なぜなら、このことが市長に知れたら、ファミリーが盟約を破ったことになってしまうとわかっていたから。

ルカ:俺は! どこで知ったか聞いてるんだ!

 <ルカはレベッカの胸ぐらを掴んで壁に押し付ける>


 ◇


 <ロメオの部屋・ロメオは椅子に座ると、ゆっくりとワインを飲む>

ロメオ:……ピエトロが……アナマリアと……。

ハリソン:このことがグロッソ市長に知られるのは相当まずいみたいだね。ドン。

ロメオ:……全くあの馬鹿息子め……!
    私の育て方が悪かったのか……!
    どれだけ欲しいものを与えてやっても、また次のものを欲しがる! 堪え性がない!
    私がどれだけ言いつけたと思ってる!
    本当に頭が悪い間抜けに育ってしまった!

ハリソン:……男というものはそういうものさ。
     親の思う通りに育つとは限らない。
     寧ろ逆さ。男は親を鏡にして、全く違う存在になろうとするものなんだ。
     貴方が理性的で、理知的であればこそ、息子はそこから逃れようとしたのかも知れない。

 <ロメオはワインをグラスに注いで一息つく>

ロメオ:ハリソン……君の父親はどんな男だった。

ハリソン:僕の父親は平凡で、何一つ誇れるものはなかった。
     好きなことと言えば、安物のビールとフットボールを見ることだけ。
     だからこそ僕は思った……絶対にあんなつまらない男にはならないってね。

 <ハリソンは優しい笑みを浮かべる>

ハリソン:……僕は貴方の敵じゃない。ドン・レオーニ。
     むしろ、貴方の役に立てる。
     僕は、ハリソン・スティーブンスだから。


 ◇


 <ハリソン邸、客室>
 <レベッカはルカに壁に押さえつけられている>

レベッカ:(首を押さえられながら)ふ、ふふ……!
     言ったでしょう……? 私はあなたのことを評価してるの、ルカ……。

ルカ:何言ってやがる……!?

レベッカ:どうしてピエトロを庇うの……?
     このことがドンに知れれば、ドンはいくら息子でも庇い立てできない。
     絶対の盟約に従うため、ドンはピエトロをどうするかしら……?

ルカ:……お前……!

 <ルカはそっとレベッカを離す>

ルカ:もしかして――

レベッカ:そうよ……ルカ。
     貴方がファミリーの為に誰よりも働いているのは知ってる……!
     それをずっと見てきたのよ……!
     だから、貴方があの間抜けなピエトロの下に甘んじているのが許せなかったの!

ルカ:ピエトロは……! ピエトロはドンの息子だッ!
   このファミリーの跡継ぎで――

レベッカ:違うッ! 貴方こそ! 時代のレオーニファミリーのドンよ!
     ドン・ロメオだってそうしたいに決まってる!

ルカ:お前に何がわかるッ!

レベッカ:キャッ!

 <ルカはレベッカの頬を叩く>

ルカ:お前なんかに何がわかる……!
   ピエトロは――あいつは確かにドンや俺とは違う!
   臆病者で、頭も良くねえが、努力してる!

レベッカ:ただのストリッパーだった私に声を掛けて……情報屋として仕事をくれたのは貴方よ! ルカ……!
     私が食うに困らず、広い部屋の暖かいベッドで眠れるようにしてくれたのはルカ・フランコで、ピエトロじゃない!
     あいつは私を見かけるたびに、いやらしい目をしながら尻を撫でていくだけ……!
     父親の権力を笠に着た大馬鹿野郎よ!

ルカ:薄汚い口を閉じろ!
   ……これ以上……! 俺の前で、あいつを悪く言うな……!
   次に一言でもお前があいつのことを貶めた瞬間、お前を殺す……!
 
 <レベッカは窓の側に立ち、窓の外を眺める>

レベッカ:本当……綺麗ね。アステマって。
     この景色だけ見ていると、まるで永遠のハネムーンに来ているみたい……。
     でも、私達は知ってる……! この街には、本当の自由なんてない。
     だから……それでも私は、したいことをしようと思った。
     今回の件でドンはきっと迷うはず……。ピエトロへの処遇や、ファミリーとしての在り方を。
     ピエトロが失脚したら、次は貴方がドンになることになる。
     そうしたら、この景色ももっと……素敵なものになるかもって……。

ルカ:レベッカ……。

 <ルカはじっとレベッカの背中を見つめる>

ルカ:……ピエトロは優しいやつだ。
   病気の犬を殺せって言われても、できないような腰抜けだ。

レベッカ:……ええ。

ルカ:でもな。人間ってのはそれだけじゃ決まらねえ。
   あいつがマフィアらしいかどうかじゃなく、あいつが着いて行きたくなるかどうかいえば……俺はあいつに着いていく。
   あいつにできないことは、俺がやってやる。そう思わせる魅力を、あいつは持ってんだよ……!
   ……そんなピエトロだから……アナマリア嬢もあいつに惹かれたんだろうさ。

 間

レベッカ:……そう。貴方、本当に知ってたのね。

ルカ:……お前の思いは理解した。
   だが、許せるわけじゃねえ……! 俺は――

レベッカ:あら、残念。

 <レベッカは、邪悪な笑みを浮かべる>

レベッカ:――そうなると、これから、戦争が始まるわねェ。


 ◇


 <ロメオの部屋>
 <ロメオは刀を抜くと、ハリソンの手を縛るナイフに刃を近づける>

ハリソン:……拘束を解いてくれるということは、商談は成立……かな?

ロメオ:一つ、話をしよう。

ハリソン:何なりと。

ロメオ:息子とは、親に似る。

 <ロメオはハリソンの腕を刃で斬りつける>

ハリソン:え……!

 <ロメオの腕から血が溢れる>

ハリソン:く……いっ……!

ロメオ:父親とは、息子を映す鏡だ。
    ピエトロは私によく似ている。
    君は私が理性的で理知的な男だと言ったが――違う。そうじゃない。
    私がそうだから、ピエトロもそうなのだ。
    堪え性がなく、欲望に忠実に育ってくれた。

ハリソン:何のつもりだ……! 何のつもりだよ!

ロメオ:そういう意味では君も同じだ。ハリソン。
    君もその父親とよく似ている。実に平凡で、つまらない男だ。
    そうして作り上げた虚栄の城に座って、君は安物のビールを呑んでいる。
    君にとって世界はフットボールの試合くらいの興奮があれば事足りる。
    そうだろう? ハリソン。

ハリソン:くそッ! 僕はこんなの認めないッ!
     認めないぞッ! ロメオ・レオーニィィ!

<ロメオは刀をハリソンの足に突き刺す>

ハリソン:ぐあああああああ!


 ◇


 <ハリソン邸、客室>
 <レベッカは窓を背に、ロメオに向き直る>

レベッカ:ルカ……賽は投げられたみたい。

ルカ:……どういうことだ。
   お前……俺を騙してやがったのか?

レベッカ:騙した? ああ、さっきの話?
     ピエトロとアナマリアのことがドンに伝わるように仕向けたのは――そうね、それが貴方のためだというのは嘘。

ルカ:女優だなァ……レベッカ……!
   ……お前の目的はなんだ。

レベッカ:私は何も企んでないわよ。
     企んでるのは――この街全体。

 <レベッカは両腕を広げる>

レベッカ:何十年もこの街を押さえつけている盟約。その鎖に締め付けられた欲望が、もうすでにアステマの内部で蠢いているの。
     私達は、その欲望を叶えるための駒でしかないのよ。ルカ。
     このアステマは、『ブラックソーダボトル』の中にあるのだから。

ルカ:……お前に指示を出してんのはどこの組織だ。
   次に口を開いた瞬間に答えてねえなら、お前の脳みそに俺の硬いもんをぶち込んでやる。

 <ルカは銃をレベッカに向ける>

レベッカ:あら……私を撃つ気? ルカ。

ルカ:残念。契約不成立だ――死ね。

 <銃声が室内に響く>


 ◇


 <ロメオの部屋>
 <血まみれで這いつくばるハリソンを見ながら、ロメオはワインを飲む>

ロメオ:いつにするかの問題だったんだハリソン。
    積み上げられた積み木はいつかは崩れる。
    そいつを崩すターンが回ってきただけのこと。
    私の息子はよくやってくれた。実に良いタイミングだった。
    ミケーレやビアンカを出し抜いて、ブラックソーダを手に入れるには、きっかけが必要だ。

ハリソン:……ふざ、けるな……。

ロメオ:私から仕掛けることも考えたが……私の息子はとても良い理由になってくれた。
    ピエトロを差し出せというなら、それを理由にすればいい。
    何も言ってこないのなら……アナマリアがピエトロを誘惑したことにでもすればいい。
    どちらにしても望んでいたとおりに――戦争になる。

ハリソン:……僕は……! 僕はこんなところで終わらないッ……!
     僕は……! 僕は……ハリソン、スティーブンスだ……!

ロメオ:君の存在も大いに役立たせてもらうよ、ハリソン。
    君のような小さな者が、いつだってこの海岸にさざなみを起こしてくれる。
    心から、感謝しているよ。

 <ハリソンはロメオの顔を見上げる>

ロメオ:……うん。君の血の色が、今日のステーキに一番合っていた。
    シェフには、君の命の色を参考にしてもらうとしよう。

 間

ハリソン:……イブリース……!

ロメオ:……何だって?

 <ハリソンは血走った瞳でロメオを睨みつける>

ハリソン:このォ……悪魔めぇぇええ!

 <ロメオは血塗れの刀を手に取ると、穏やかに笑う>

ロメオ:いい言葉をありがとう。


 ◇


 <ハリソン邸、客室>
 <ルカは腕を抑えて仰向けに倒れている>

ルカ:……なんだ。

 間

ルカ:なんで、俺が倒れてる……。

 間

ルカ:何で俺が撃たれてんだァ! オイ!

 <ルカは歯を食いしばって身体を持ち上げる>
 <レベッカは手にルカの銃を持っている>

レベッカ:さて、どうしてかしらね?

ルカ:窓ガラスに、弾痕……? おい……まさか……。

 <レベッカの背後、窓ガラスに銃痕が空いている>

ルカ:……狙撃……? オイオイオイ……!
   街まで何キロ離れてると思ってんだ!
   この距離で俺の腕を撃ち抜いたってのかッ!

レベッカ:撃たれてそれだけ元気なのは流石ね。
     でも、早く手当てしないと、腕が駄目になるわ。
     その腕に抱かれるの好きなの。だから治して。

 <レベッカはルカの脇を通り過ぎる>

ルカ:オイ……どこ行く気だ……!
   レベッカ! 待ちやがれッ!

レベッカ:腰を低く。

ルカ:アァ!?

レベッカ:(囁く)でないと、次は頭を撃ち抜く手はずになってるの。

 <ルカは歯を食いしばってその場に寝転がる>

ルカ:……ぜってぇ殺す……!

レベッカ:そんな事言わないでよ。
     私、あなたのこと好きよ……ルカ。

ルカ:殺す……! 殺す殺す殺す!
   お前も……! お前の上の連中もォ!
   ファミリーに手を出したことを後悔させてやるッ!

レベッカ:また会いましょうね。猟犬のルカ。
     ……愛してるわ。

ルカ:ぶっ殺してやるからなァ! このクソアマァ!


 <レベッカが部屋を出ていった後、ルカは天井を見ながら煙草に火を点ける>


ルカ:(煙草を吸いながら)……アステマはブラックソーダボトルの中だァ……?
   オーケイ、いいぜ……そういうことなら付き合ってやるよ……!
   ……ブラックソーダァ? 飲み干してやるぜ……!
   さぞ、美味いんだろう。ナァ……?




続く


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