あの日と似たような空の下で
作者:たかはら たいし



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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1台の車が、激しい雨に打ち付けられながら田舎道を走っている。

車の運転席には白髪の男、助手席には女性。
カーステレオからはオリビア・ニュートンジョンのベストアルバムがランダム再生されている。

女性はバックミラーや後方、リアガラスの向こう側を視線を送っている。
男性はハンドルを握りながら、横の女性へ微笑みを浮かべた。

男「ん?どうした?んん?ねぇ、どうしたのよ」

女は男を無視して、後方に視線を投げている。
男は女の考えを察して、その様子を前に笑い出す。

女「なに?・・・ちゃんと前見て運転して」

男「わかってるよ。ねぇ、そんなに心配性だったっけ?」

女は呆れたといった様子で、ため息を吐くと、そっけなく言い放つ。

女「昔からそう」

男「ええ?なにが?」

女「楽観的」

女の言葉を聞いて、男はまた笑い出した。
明るい様子の男とは対象的に、女は酷くそっけない態度を取る。

女「褒めてないよ」

男「わかってるわかってる。優しいなぁって思ってさ」

女「そう?」

男「だってさぁ、バカって言わないで楽観的って、わざわざ言葉を選んでくれたんでしょ。優しいよね」

女「自分が貶されてるって自覚は無いの?」

男「自覚あるよ。でも、なるべく優しく貶してくれたわけだ。優しいよ、やっぱり」

男の言葉を無視して、女は再度、後方に視線を向けた。

男「大丈夫だよ」

女「バカ」

男「2度目は優しくしてくれないんだ」

女「当たり前でしょ。・・・ねぇ、ちゃんとわかってる?」

男「わかってるよ。その上で大丈夫だって言ってる。アイルトン・セナじゃあるまいしさ。そんなに直ぐに追いつけっこないさ」

女「・・・どうだか」

女は、また後方へと視線を向ける。
男は、女の心境をなんとなく察しながら言った。

男「結婚式」

女「え?」

男「結婚式、どこで挙げようか?」

女「こんな時に・・・、何言ってるの?」

男「こんな時、だからこそだよ。楽しい話をしよう。それに丁度ジューンブライドじゃないか。なに?やっぱり海外で挙げたい?」

女「そうね。どこで挙げるかはさて置いて、今後のあなたとの付き合いをどうするか考えたい」

男「そんなこと考えなくていいよ。寧ろ考えないでほしい。美味しいディナーをご馳走するからさ。なにが食べたい?」

女「なにも」

男「ええ?ただでさえ痩せてるんだから、ちゃんと食べなきゃダメだよ。
俺は今なに食べたいかなぁ・・・。うーん。自分で話振ったけどさぁ、こういうの結構迷っちゃうね。
でも、お腹空いてるから、あれがいいな。大きいサイズのハンバーガーに噛り付きたい」

女「・・・」

男「肉汁がいっぱいのビーフ、それとベーコン、レタス、トマト。
チーズは多めで。あと俺、ピクルスは嫌いだから、ピクルスは抜いてもらいたいな」

女「・・・子供みたい」

男「そうだよ。俺ね、味覚は子供と変わらないのよ。ピーマンとか、苦くて絶対食べれない。
あと、お酒も甘いやつしかダメ。ビールなんて、口にちょっと入れただけで気持ち悪くなる」

女「・・・いい歳した大人のくせに」

男「子供も人間だし、大人だって同じ人間さ。ダメなものの1つや2つ、あるに決まってる。
あ、そうだ。今日はどこに泊まる?どうせなら、今日は贅沢したいな。
まぁでも、生憎この天気じゃあ、夜景の綺麗なホテルに泊まるメリットも無いなぁ」

女「私はそんな気分じゃない」

男「ええ?じゃあ車の中で寝る?それでもいいけど、腰がさぁ。
去年だったかな?シートを後ろに倒して仮眠してたら腰を痛めちゃってね・・・」

女「泊まるならご勝手に。私は車の中でいい」

男「ええー、腰痛めるよ?」

女「私はまだそんな年じゃない」

男「なに言ってんのよ、俺と同じ歳のいい大人じゃない」

女「私は車の中でも眠れるし、それに・・・、今日は眠れそうにない」

男「ダメだよ、ダメダメ。寝ないとお肌荒れちゃうよ。そうじゃなくても夜更かしは体に毒だ」

女「その方がまだマシ」

男の楽観的な様子を前に、女は次第に苛立ちを募らせていく。

男「そっか。じゃあホテルは諦めるよ。あー、腰痛めないようにしなきゃダメだな。
あ、ねぇねぇ。一緒に住むようになったらさ、大きくてふっかふかのベッドを買おう。
でも、それ以前に、先ずどういうとこに住もうか?俺、昔から、住むなら海沿いって持論があったんだけど。
友達が公園に面したマンションを借りて、ちょっと考えが揺らいじゃったな。
それに、どうせならペットも飼いたいな。犬にしろ猫にしろ沢山飼いたい。
でも、沢山飼い過ぎて、俺たちの居場所が無くなったりでもしたらどうしようか。
あと、君はコーヒーをよく飲むから、いいコーヒーメーカーを買おう。
朝起きてコーヒー淹れるのっていいよね、生活感がある感じがして俺は好きだな」

女「(遮って)いい加減にしてよ!!」

男「・・・」

女「いつもそう。昔からあなたはそう。叶うかどうかもわからない理想ばかり口にする」

男「・・・」

女「あなたのそういうところ・・・、昔から大嫌い・・・!!
貴方がそうやって楽観的に語る自分の夢で、私はどうしようも無い不安に陥るの!!
今だってそう!!明日が来るかもわからないこんな状況で、そうやって未来の話をする!!
今日が無事に終わる確証は!?私たちに明日が訪れるという確証はあるの!?」

女は、これ以上ない不安そうな表情を隠すように、男から顔を逸らし、窓の外へ視線をやる。

女「逃げ切れるかもわからないのに・・・、そんな夢みたいな話はやめてよ・・・!!」

男「・・・」

女「私は、私たちは・・・、この先、一体いつまで、どこまで逃げ続ければいいの・・・?」

男「・・・」

女「昨日まで、数時間前から、私たち以外の全てが変わってしまったような・・・、まるで、別の世界にいるみたい・・・!!」

沈黙

女「・・・ねぇ、私たち、逃げ切れるのかな?」

男「・・・」

女「・・・どこまで逃げればいいんだろう?」

男「・・・」

女「時間が戻ればいいのに・・・、明日も明後日もこんな想いのままなら、いっそ・・・、昨日に、帰りたい・・・」

沈黙

その沈黙をかき消すように、カーステレオからカントリーロードが流れ出す。
程なくして、男は微笑み、言葉を紡いだ。

男「・・・逃げてるわけじゃない」

女「・・・」

男「生きてるだけだ、他の皆がそうしてるように、必死に。何も変わっちゃいない」

女「・・・」

男「他の皆と同じく、明日を目指してるだけだよ。過去に、昨日に帰る必要なんてないんだ」

女「・・・嫌い」

男「・・・」

女「あなたの、そういうところが大嫌い・・・」

男「そっか、厳しいなぁ・・・」

車はやがて、小さな田舎街に入った。
雨はまだ、変わらぬ勢いで降り続けている。
女は、相変わらず不機嫌な様子を漂わせながら、窓の外を見たまま男に話し掛ける。

女「・・・ねぇ」

男「ん?なに?」

女「煙草。煙草が吸いたい」

男「ああ、火貸すよ」

女「煙草がもう無い。買ってきて」

男「え?」

女「吸いたいの」

男「ええ?ちょっとちょっと。このどしゃ降りの雨の中、買ってこいって?」

女「ご名答」

男「ええ・・・、参ったなあ」

女「結婚式や住む場所の事よりも、先ず目先の事から叶えてよ」

男「それを言われちゃあ、仕方ないなぁ・・・、わかったよ」

男は困った様子で、でもどこか嬉しげな様子で、民家の脇に車を停めた。
雨はまだ止む気配を見せず、激しく降り注いでいる。
窓の外に、人の姿は一切見えない。

男「えーと、財布は・・・、あ、あった・・・」

運転席から後部座席へ身を乗り出し“拳銃”の横にある財布を手に取る。

女「・・・持っていかなくていいの?それ」

男「どしゃ降りの雨の中、煙草を買いに行くだけさ。拳銃よりも傘が欲しいね」

女「・・・早く、帰ってきて」

男「当たり前だよ。雨に濡れて風邪でもひいたら折角のドライブが楽しくなくなる。少しだけ待っていてくれ」

運転席のドアを開くと、男は笑いながら、雨の中を駆けていく。
女は、徐々に遠くなっていく男の後ろ姿をただ見つめていた。

女「あの日も・・・、こんな空だった・・・」

女は、何年の前の事を思い出した。

■数年前

女は自分の部屋のソファーに腰掛け、携帯電話で男と話している。

男「今日の晩、君の誕生日を祝いたいんだ。僕らが出会ってからはじめての、君のバースデーを」

女「・・・それ、わざわざ口に出して言う事?」

男「えっ、ああー、サプライズを狙った方が良かった?意外だね、そういうの好きなんだ」

女「別に好きでもないけど」

男「悪かったね。次のバースデーはそういうの考えておくとしよう」

女「期待しないで待ってる。・・・でも、大丈夫なの?」

男「なにが?」

女「仕事」

男「ん?ああ、うん。なるべく早めに終わらせてくるよ」

女「・・・終わらせてくる、ね」

男「ん?どうかした?」

女「別に。どっちの意味で言ったのかなーって」

電話口の向こうで、男の苦笑が聞こえる。

男「仕事を早く終わらせて、君のバースデーを祝うって意味合いさ」

女「あなたの仕事をとやかく言うつもりは無い。・・・でも、いい加減、足を洗ってほしい」

男「そうだねぇ。それが出来たら苦労しないんだけど。それを言われると困っちゃうなぁ・・・」

女「出来ることなら1日でも早く、普通の仕事に就いてほしいの」

男「普通の仕事か・・・、俺、今の仕事以外で何か出来るかなぁ。言わなくてもわかると思うけど俺、頭悪いしさ」

女「自覚あるんだ」

男「それに、不器用だし」

女「それも自覚あるんだ、びっくりした」

男「ねぇ、ちょっと。せめてどっちかは否定してくれてもいいんじゃない?」

女「否定しようがない」

男「手厳しいな・・・。・・・それなら1日でも早く君の要望に応じれるように頑張るよ。だから、待っていてくれ」

女「・・・」

男「ああ、そうだ。夕方からのバースデーはどうしよう?
1年に1度なわけだし、今日は派手に祝福したいな。
こないだ二人で読んだ雑誌に載っていたレストランを貸し切ろうか?
ミディアムレアのフィレステーキに、37年ものの赤ワインを合わせるとしよう。
それから、夜は豪華客船に揺られながら、大きなベッドで君と眠りに就きたい」

女「・・・」

男「ねぇ、聞こえてる?」

女「待っていてくれって、どっちの意味で?」

男「・・・・・・両方さ。いつもの時計台の下。夕方3時だ」

女「うん。1分でも送れてきたら絶対に許さない。私、そのまま帰るから」

男「その時は、君の家まで全力で謝りに行くよ。じゃあ、また後で」

それから数時間後。
雨が、激しく降り注いでいる。

女は時計台の下で雨を凌いでいた。
腕時計の短い針は、4の数字を刺している。

女「4時・・・、か・・・」

女は、不安そうな表情を浮かべて視線を落とした。

女「ばか・・・」

■現在

大雨が降り注ぐ、街の路地裏。
水溜りに赤いマーブル模様が漂っている。

男「・・・」

胸から血を流して、男が仰向けに倒れている。
自分の胸に触れた、真っ赤に染まった手を見て、男は苦笑した。

男「まいったな・・・」

男は虚ろ瞳で、つい数時間前の事を思い出していた。

■数時間前

天井に吊るされたシャンデリアが、部屋を琥珀色に染め上げている。

急いだ様子で部屋に入ってきた男の眼前には、
ソファーに座ったまま口から血を垂らし、虚ろな瞳を宙に向けたまま息絶えている初老の男。
そして、女の姿があった。女の手には、拳銃が握られている。
女は感情を殺して、静かな口調で、自身の思いを告げた。その背中は、心なしか震えている。

女「限界だったの・・・」

男「うん・・・」

女「この人がいる限り、あなたは自由になんてなれやしない・・・」

男「・・・」

女「もう、これ以上は待てなかった・・・、だから・・・・」

男は、女をそっと、背中から優しく抱き締めた。

女「・・・・私、」

男「・・・・・すまなかった」

女「・・・あなたは逃げて。直に追手が来る。その前に」

男「(遮って)一緒に行こう」

女「ダメ・・・、だってそんな事したら、あなたまで・・・!!」

男「二人で、一緒に・・・、どこか遠くに行こう・・・、どこまでも、二人で一緒に・・・どこか遠くへ・・・・」

女「・・・ばかじゃないの」

女の言葉に苦笑する男。

男「・・・知ってるよ。さぁ、行こう」

男の言葉に、女は黙って頷く。二人は、足早に部屋から立ち去った。

■現在

水溜りの地面に倒れたまま、男は虚ろな目をしたまま呟く。

男「昔から・・・、楽観的・・・か・・・、君の言うとおりだな・・・・・」

男は、昔を思い出していた。

■数年前

男「もしもし・・・」

女「・・・」

男「本当にすまない。仕事が長引いてしまってね」

女「こうなる気はしてた」

男「よくご存じで・・・。今から向かうよ、いつもの場所に」

女「もういい」

男「そう言わないでくれよ。折角のバースデーだ。お祝いしよう」

女「もう帰ったわ。言ったでしょう?1分でも遅れたら帰るって」

男「そうか。そうだね。確かにそう言ってたっけな・・・、なら今から、君のもとへ全力で謝りに行く」

女「・・・」

男「もう少しだけ、待っていてくれ」

女「・・・好きにすれば?」

女との電話が切れる。

男は口から血を流し、全身傷だらけになりながら路地裏で背を預けていた。

男「帰った、か・・・・・・」

ビル壁に体を預けながら、男は口元の血を拭うと、ふらふらした歩調でゆっくり歩き出す。

男「全く・・・、しょうがないお姫様だ・・・・・」

■現在

地面に手を付き、残された力を振り絞って、男は荒く息を吐きながら、どうにか立ち上がった。
男の白いシャツには、数か所赤い染みが浮かび上がっている。

霞む視界の中で、ゆっくり、1歩ずつ歩き出す。
腹部に激痛が奔ると、足を止めて、大きく息を吸い込むと、またゆっくりと歩き出す。

歩く毎に、胸から血がドクドクと零れ落ちる。
何歩目かを踏み出した時、男はたまらず転倒した。

男は荒い呼吸を数度吐いた後、そのまま動かなくなった。



女「“あの日”も、あなたはそうだった。
あなたはいつもそう。“あの日”から何も変わってない。いつも私を不安にさせる」

少しの静寂の後、男はゆっくりと腕を伸ばした。

女「何もかもを犠牲にして、私にいつも笑顔をくれる。・・・卑怯よ。そうやって、いつもいつも・・・!!」

口から血を吐き、胸から血を流しながら、男は地面を這い出した。
女の前では決して見せなかった必死な形相を浮かべて、女が待つ場所へ帰る為に。

女「もし叶うのなら、あなたと一緒に、明日に辿り着きたい・・・。
それ以外、何も叶わなくていい。あなたと一緒にいれるだけで、それだけで、私は構わないのに・・・」

女は車の助手席で、男の帰りを待ち続けていた。



車の窓を叩く音が聞こえた。
女は、ハッとした様子で、笑顔を浮かべて車のドアを開いた。

刹那、1発の銃声が雨音をかき消した。

■過去

時計台の下で、雨を凌ぐ女。
淋しげな表情を浮かべて、視線を下に落としている。
腕の時計の短い針は、間もなく5を差そうとしていた、その時だった。

女の遥か前方から、傷だらけになった男が、姿を現した。

女「・・・!!」

女は雨の中、傘も差さず男へと駈け出して、そのまま彼を抱き抱えた。

男「すまなかったね・・・、2時間も、雨の中待たせてしまって・・・」

女「なんでよ・・・、家だって、帰ったって言ったのに・・・」

男「・・・・電話の向こうから聞こえていたよ、雨の音が」

女「・・・」

男「いつも振舞ってくれる料理は上手いのに・・・、嘘は下手なんだね・・・」

女「・・・」

男「待たせてしまってごめん。それから・・・、ずっと待っていてくれて、ありがとう」

男の屈託の無い笑顔の前に、女は絶句した。

女「本当に、腹が立つ・・・、バカそうに見えて、そうやって無駄に賢いところが・・・・」

男「うん。それから?」

女「そうやって、私の事、何でもわかってるって得意げな顔するところ」

男「顔に出てるのか・・・。他には?」

女「そうやって・・・!!いつも無理して、傷だらけになっても、私の望みを叶えてくれるところ」

男「うん・・・」

女「あと・・・、私を泣かせた事・・・・」

男「うん・・・」

女「許さない・・・・」

男「許しておくれよ・・・。僕はこれからも、君を辛い目に遭わせてしまうかもしれないから。でも・・・」

男が言葉を言い掛けると同時、激しく降っていた雨がぴたりと止んだ。
雲の切れ間から幾重もの光が差し込む。男は空を見上げながら、言葉を続けた。

男「見ていたいんだ。これからも、君と同じ夢を見続けていたい。
その夢が叶えられるのが何時になるかもしれないし、もしかしたら永久に叶わないかもしれない。
でも、見ていたいんだ。君の傍で、君と同じ夢を」

女「・・・叶えてくれなくていい」

男「え?」

女「私も、あなたと見ているだけでいい・・・、同じ夢を・・・・」

女の言葉に、男は満足げな笑みを浮かべた。
女は、男を優しく抱きしめ、男は女の優しさに応じた。

男「・・・ありがとう」

二人の頭上には、雲一つ無い青空が広がっている。

■現在

雨が止み、雲の切れ間から光が差し込んで、雲一つ無い青空が広がっていた。

路地裏の脇で、男は穏やかな笑みを浮かべて眠っている。
車の助手席で、女は嬉しげな笑みを浮かべて眠っている。

あの日と似たような空の下、男と女は束の間、同じ夢を見た。



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