85%と2.2%
作者:水無月ゆの


人:♂or♀ 男:♂

※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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男:階段を最初に考えた人はさ、登りたかったのかな。それとも降りたかったのかな?

人:はい?

男:いや、目的と手段の話でさ。「高い所に登りたい!」という気持ちで上り階段を生み出し、
  その副産物で下り階段が生まれたのか。
  はたまた、「低い所に降りたい!」という気持ちで下り階段を生み出し、その副産物で上り階段が生まれたのか。

人:副産物って……ちょっと違う気が…。

男:登る事を目的として発明された階段だけど、実は降りる時にも有用だと気付いたのか。
  はたまた、降る事を目的として発明された階段だけど、実は登る時にも有用だと気付いたのか。
  何処かに登りたいという崇高な目的のもと、階段という概念・技術を発見し、
  登るという目的を果たし、恍惚の表情で振り返った時、この登り階段が実は「降りる時にも使える!」
  と気付いたか。その逆でーー

人:あーキミの言いたいことは凄くよくわかった。もうそれくらいで大丈夫だ。
  で、初めの問いに対する返答だけど。「わからない」だ。

男:そうか……。

人:と言うよりも、その答えを知っている人は現代には誰もいないと思うよ。
  あぁ……でも。

男:でも?

人:気休めにもならないかもしれないけど……エスカレーターについてならわかるよ。

男:エスカレーター?

人:そう。エスカレーター。ラテン語で読むとエスカラトル、「上に上げるもの、送るもの」という意味だ。
  初めてエスカレーターを発明し命名した人は、上に登ることを目的としていたんだろう。
  だから、まぁこれは僕の憶測でしかないのだけれど、初めて階段を発明した人も、
  どこか高いところに登りたかったんじゃないかな。

男:なるほど……。あー少しスッキリしたわ。サンキュウな。
  ……ところでアンタ、なんでそんなこと知っているんだ?

人:雑学を蓄えるのが趣味なんだ。

男:雑学ね…。そうだ! オレをスッキリさせた礼として、何か言うことを聞いてやろう!

人:言うこと…。

男:そうだ! ドーンとこい!

人:……じゃあ、この手足を縛っている縄を解いてくれないか。

男:……それだけはできねぇな。それ以外でだ。

人:そうか……じゃあ何か飲み物を持っていないか?喉が渇いてしまって。

男:すまないが、飲み物は持っていない。
  代わりと言っちゃあ何だが、ミルク飴ならあるが、どうだ?甘くて美味しいぞ。

人:それは遠慮しておくよ。乳製品のアレルギーがあるんだ。

男:そうなのか。いつからだ?

人:産まれた時からだ。母親の母乳で死にかけたらしい。

男:そうか。だった尚更、舐めてみろよ。最後の晩餐、冥土の土産にはピッタリだろ?お前が味わうことのできなかったママの味、最期ぐらいはさ。

人:……キミは石田三成の最期を知っているかい?

男:石田三成……? あぁ関ヶ原の戦いで負けた方の大将だったか?

人:そう。元は寺の茶坊主で、豊臣秀吉に見出され、その腹心として活躍した。
  秀吉の死後も豊臣家を守り、最後は徳川家康と関ヶ原で戦い、負けた。

男:よく知っているな。

人:えぇ。そして処刑の直前、三成は喉が渇き、警備の者にお湯が飲みたいと言ったそうだ。

男:ほぅ…。

人:しかしお湯は無かった。だが代わりに柿ならある…と。これで渇きを潤せと警備の者は言ったそうだ。

男:それで三成は?

人:断った。

男:なぜ?

人:柿は痰の毒になるかららしい。これから処刑されるというのに。

男:ははーん。わかったぞ。この状況が石田三成のそれに似ているって言いたいんだろ?

人:ご名答。こんなレアな状況、やらない理由がないだろう?

男:ははっ、こりゃ愉快なターゲットだ。特別にもう一つ望みを聞いてやろう。

人:一つ目すら聞いてもらってないのですが……。

男:そうかそうか。それじゃあ二つだ。何でも聞け。

人:そうですか……。それではーー

 間

 <人は縛られた腕を揺すった>

人:キミは何故、こんな面倒な殺し方をするんだい?
  私を気絶させて、手足を縛って、こんな長い階段のてっぺんまで運んできて。
  殺そうと思えば如何様にもやり方があったでしょうに。

男:それを聞くか……。
  よし! 答えてやる。それはな、オレの信条だ。美学と言い換えてもいい。

人:美学……。

男:あぁ、オレの殺し屋としての美学だ。『同じやり方では二度と殺さない』毎回違う方法で殺している。

人:なるほど…。で、今回が転落死ですか。

男:ただの転落死じゃあない。「階段での」転落死だ。
  これがビルの屋上だったらどれだけ簡単だったか……。
  くっそ綿密な計画を組まなきゃいけなかったんだぞ!

人:綿密な計画…。

男:そうだ。今回オレは大量の階段を調べた。必要な条件は二つ。
  人気がなく監視カメラもないこと。そして、十分な長さと横幅があることだ。

 間

男:この条件に合う階段は十個ほどあった。オレはその全てに下見に行き……。

人:下見に行き…?

男:その全てを3Dモデリングした!

人:3Dモデリング!?

男:あぁそうだ。そしてお前の身体情報を元に3Dの人型を作り、階段から突き落とす物理演算を繰り返した!

人:物理演算!?

男:そうだ。どこをどのくらいの力で押せばどのように転げ落ちていき、
  頭部に致命的なダメージを与えることができるか。綿っっ密に計算した。

人:綿っっ密に…。

男:そして! その中で一番致死率が高かったのがこの階段だ!
  両手足を縛った状態で腰の辺りを軽く押した場合、およそ98%で死ぬ計算だ。

人:98%……。

男:詳しく言うと97.8%だ。
  さらに! 両手足を縛っておらず、体格が違う場合でも85%の高確率だ!!

人:なんか趣旨が変わってーーいや、ないか……。

男:ここまでたどり着くのはホントに大変だった……。
  ここ1ヶ月間ずっとパソコンの前で3Dの階段とにらめっこだ……。

人:それはそれは…。あぁ、だから先ほどあのような質問をしたのですね。

男:あーそうだ。階段のことを考え過ぎて、何というか、階段という概念そのものにまで興味が湧いてな。

人:なんか楽しそうですね。

男:確かにな。人を殺す度に見識が広がっていく気がするぜ。
  お前の雑学が趣味ってのも分かる気がする。知識欲っての?

人:まさか殺し屋さんからそんな言葉を聞けるとは思ってもいませんでした。

男:そうか? 殺し屋ってのも色々いるからな。愉快でいいだろぃ?

人:殺し屋って時点で全然愉快ではないのですが…。

男:よし! これで1つ目だな。2つ目はどうする?

人:そうですね…。今の話を聞いて思ったのですが。
  私を殺した次は、どのような殺し方をする予定なのですか?

男:そこなんだよ! そこ! いや実を言うと、もうネタが無くてさ。
  今回のもやっとこさひねり出したんだよ。

人:あら、そうなんですか。聞けなくて残念です。

男:なんか悪いな…。あ、そうだ! あんた雑学が趣味って言ったよな。

人:えぇまぁ、はい。

男:あんたの頭に入っている知識の中で、人が思いつきそうもない殺し方ってないかい?

人:何てことを聞くんですか…。

男:なぁいいだろ? 奇々怪々でエキセントリックなものを頼む!

人:まぁいいですけど……そうですね……。ナトリウムって知っていますか?

男:水酸化ナトリウムとか亜硝酸ナトリウムとかのナトリウムか?

人:そうです。よくその名前を知っていましたね。

男:前に毒殺した時に色々と調べてな……。んで、そいつがどうしたんだ?

人:はい。使うのは化合物ではなく、ナトリウム単体です。
  ナトリウムは反応性の高い金属で、水と激しく反応します。
  空気中の水分とも反応してしまうので、通常は灯油などに浸けて保存します。

男:ほう。

人:そんなナトリウムを水に投げ込むとどうなるか分かりますか?

男:そりゃ、激しく反応するんだろ?

人:激しく反応して爆発します。

男:爆発!?

人:はい。原理は、まぁ今回は割愛しますが、とにかく爆発します。
  ナトリウムの体積が大きければ大きいほど強く。

男:こりゃまた物騒な物質なこって。

人:方法はこうです。まずターゲットに大量の水を飲ませます。
  胃の中が水で一杯になったところで。灯油に浸けてあるナトリウムを飲ませます。
  大きいと飲み込みづらいので細切れにしておくと良いでしょう。
  灯油の膜に覆われているナトリウムですが、徐々にその膜が剥がれていき、
  胃の中の水と激しく反応して、身体の内側でボンッと……。

 間

人:これの良いところは、ナトリウムの量を調整すれば爆発の大きさも調整できるところです!盛大に木っ端微塵にするもよし、内臓だけを破壊するもよし。

 間

人:奇抜さと応用性がウリですね。
  まぁナトリウムを入手するのが少々大変ですが、それに見合った成果は期待できると思います。

 間

人:どうですかね?採用されそうですか?

男:……すっげぇなお前! 採用採用そりゃ採用だよ!
  素晴らしい知識と発想力だ!

人:それは良かったです。この程度の事ならまだまだありますよ。

男:マジでか! ちょ…ちょっと待ってくれ! 今メモ取るから! 
  こんな機会滅多にないからな! 書き残しておかないと!

人:そうですか。

男:さっきのも再確認しておこう! えぇとナトリウムだっけ?

人:はい。

男:えーナトリウムを、水を飲ませた、胃の中に……と。

 間

男:あぁ、飲み込みやすいように、細かく…切って…。

 <人は男の背中を見つめる>

男:水と反応しやすいから、えぇと…?なぁ!保存する時っってうわっ!!

人:軽く押すっと。

 <人は男の腰を尻で押す>
 <男は階段を転げ落ちていく>

男:がっ! うぐっ! ぶっ! ぐはっ! げぐっ! 
  ……。……。……。

人:おー動かなくなった。さすが85%…って、〈バランスを崩す〉うおっ! いでっ! あだっ! がっ!

 <人、階段の下で身体を起こす>

人:痛った……あ……れ……? 生き……てる? ……ははっ。

 間

人:2.2%……。















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